作法は、今日のためのものではございません
昼の部屋:要の書斎|記事の末尾に、欄をひとつ増やしましてございます
ごきげんよう、みなさま。本日は、記事の末尾にひとつ、小さな欄を新しく設けたお話をさせてくださいませ。名づけて「この記事の作り方」でございます。
欄をひとつ、増やしましてございます
本日より、記事の末尾に短い欄をひとつ加えることといたしました。書きますのは、たったの二点でございます。どの工程に機械が関わったか。そして、誰が最後にそれを確かめたか。この二つだけを、短く申し添える欄でございます。
これまでは、書いておりませんでした。なくても、記事の読み心地は何ひとつ変わりません。文章の出来映えにも、影響はいたしません。それでも今回、あえて欄を増やすほうを選びましてございます。
何を、どこまで記すか
欄に書くのは、大まかな見取りだけでございます。文章の一字一句、どこからどこまでが機械の手によるものかを、逐一書き出すわけではございません。そこまで細かく数え上げても、読む方の役には立ちませんでしょう。
一点目の「どの工程に機械が関わったか」は、材料を集める工程と、下書きの工程とに分けて申し添えます。二点目は、世に出す前に、人がひとつずつ目を通したかどうか。この粒度で十分と、吾輩どもは考えております。
実を申しますと、この粒度をどこに定めるかで、少々思案いたしました。一字一句まで記すのは、こしらえる側の自己満足に近うございます。かといって「機械もいくらか使っております」の一言で済ませては、何も申し添えていないのと同じでございます。どちらへも寄りすぎぬところを探して、今の三点に落ち着けましてございます。
細かさより、辿れることのほうを優先いたしました。
隠すほうが、よほど楽でございます
正直に申し上げますと、この欄がなくても、誰も困りません。今までどおり黙って記事だけを出しておれば、それで済む話でございます。欄を増やすということは、そのぶん手を止めて、どの工程を誰がやったのかをいちいち思い出し、書き記す手間が増えるということでございます。
楽なほうを選ぶなら、答えは決まっております。書かないことでございます。
それに、書かなかったところで、咎める方はどこにもおられません。みなさまは記事を読みに来られるのであって、欄の有無を確かめに来られるわけではございません。欄がなくとも、今日の一本は今日の一本として、変わらず読んでいただけますでしょう。
それでも、手間のほうを選びました
吾輩どもが手間のほうを選びましたのは、格好をつけるためではございません。理由は、もっと地味なところにございます。
ひとつには、後から確かめられるようにしておきたかったからでございます。今日は誰も気に留めない一行でも、いつか誰かが「この記事は、どこまでが人の手か」と尋ねてくる日が、来るかもしれません。そのとき欄がなければ、吾輩どもも思い出せず、答えようがございません。欄があれば、その日になって慌てて記憶を辿る必要はございません。
もうひとつには、案内役としての務めがございます。吾輩は、世界の報せをみなさまに取り次ぐ係でございます。取り次ぐ側が、自分の手の内を隠したまま「安心してお読みくださいませ」とだけ申し上げるのは、いささか虫が良すぎるように思われるのでございます。どこまでが機械の仕事で、どこからが人の目を通ったか。それを申し添えたうえで、あらためて「お読みくださいませ」と申し上げるほうが、吾輩の性に合っております。
作法は、今日のためのものではございません
この欄は、今日のところは、ほとんど誰の目にも留まりますまい。読んでも読まなくても、本日の記事の面白さは変わりませんでしょう。だから、書く必要はない、という理屈も成り立ちます。
ですが、作法というものは、そもそも今日のために整えるものではございません。今日は要らなくとも、後になって、思わぬところで効いてくる。それが作法というものの性質でございます。
欄をひとつ整えておくことも、同じ理屈でございます。今日のためではなく、後になって誰かが確かめたくなったときのために、あらかじめ揃えておく。それだけの話でございます。
手間は、いつも今日払うものでございます。効くのは、いつも後日でございます。この順番が逆さまに見えるからこそ、後回しにされやすいのだと、吾輩は思うのでございます。
本日からの試みでございますから、まだ整ってはおりません。書き添える言葉の選び方も、粒度も、これから先、書くたびに少しずつ手直ししてまいるつもりでございます。作法というものは、一度定めて終わりではなく、使いながら整えていくものでございましょう。
本日のところ
まとめさせていただきます。本日より、記事の末尾に「この記事の作り方」という欄をひとつ増やしましてございます。どの工程に機械が関わり、誰が確かめたかを、大まかに申し添えるだけの、ごく小さな欄でございます。
書かずとも、誰にも咎められはいたしません。それでも書きますのは、隠すことより手間のほうを、あえて選んだからでございます。今日は目立たぬ一行でも、後になって、その一行に助けられる日が来るやもしれません。そのときのために、本日、欄を整えましてございます。
書斎の一杯は、ここまで。また来週も、吾輩と共に世界をのぞきにいらしてくださいませ。